芦毛の怪物

先日亡くなったオグリキャップについて、書こうと思います。

今年で35歳になる僕にとって、オグリキャップが中央で走った88年~90年は、ほぼ中学3年間と一致します。
中学生なので毎週、競馬場に足を運んでなんてことは無かったけど、親父の影響で小学生の頃からテレビで競馬中継を観たり、時には府中に行くこともありました。

昭和64年は一週間しかなかったので、オグリが中央入りした昭和63年は実質、昭和最後の年になります。
前年の二冠馬サクラスターオーが有馬記念での事故でいなくなり、年末の鳴尾記念を勝ったタマモクロスが本格化し、オグリが出られなかったクラシックは、皐月賞はヤエノムテキ、ダービーはサクラチヨノオー、菊花賞はデビュー2年目の武豊が騎乗するスーパークリーク、さらには函館記念をレコード勝ち、その後マイルCSを制したサッカーボーイなどが活躍した年です。
この年のオグリは中央初戦のペガサスSから連戦連勝、秋はタマモクロスとの芦毛対決で天皇賞、ジャパンカップこそ破れましたが、有馬記念で優勝。昭和最後のG1勝ち馬になりました。

翌年、昭和が終わって平成になり、大井から中央にやってきたイナリワン、オグリとスーパークリークの3頭で平成三強とか言われるようになりました。この年、オグリは春こそ休養していましたが、秋はオールカマー~毎日王冠~天皇賞~マイルCS~ジャパンカップ~有馬記念という無茶なローテーションの6連戦。地方競馬出身、4歳(現3歳)時はクラシック登録がなく裏街道と呼ばれるようなレースで連戦連勝、馬主絡みのゴタゴタによる無茶な使い方。色々な要因が重なってオグリの人気は不動のものになりました。因みにオグリのマイルCS、ジャパンカップの連闘は有名ですが、バンブーメモリーも同じく連闘なのに、こちらは今現在、覚えている人は少ないと思います。
この頃から競馬ブームなんて言われるようになって、オッサンばかりだった競馬場に若い女性が足を運ぶようになりました。そういえば、UFOキャッチャーの景品とかで馬のぬいぐるみが出たのってオグリが最初ですよね? 多分。

さらに翌年、大好きなアイネスフウジンがダービーを勝った平成2年、オグリは休み明けの安田記念をレコード勝ちした後、宝塚記念ではオサイチジョージの2着でした。
で、秋は天皇賞、ジャパンカップで惨敗、そして有名なあのラストラン有馬記念。この時2着のメジロライアン、本馬場入場の時に放馬したヤエノムテキ、G1勝ちこそなかったけど、ホワイトストーン、メジロアルダン、ミスターシクレノンと脇を固める馬も個性的でした。懐古主義と思われるかも知れないけど、この時代の競馬は楽しかったです。

昔、バイト先のオッサンがタケシバオーが如何に強かったかを僕に話してくれた。恐らく、僕がオグリを知らない若い人にオグリが如何に人気があったのかを語るのは、それと同じことなのだと思う。
DVDとかでレースだけ観ても、当時の空気感というか時代背景も含めた盛り上がりとかは判らないだろうし、こういう時だけは年を取るのも悪くないと思う。

そのうち、今の若い人がさらに若い人にディープインパクトとかウオッカの話をする時代が来るのでしょうね。


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